熊本発 けん爺ちゃんの徒然見聞録
熱帯魚やペット(犬猫)、韓国、飛行機、船、模型、半導体、歴史(日本/世界)、旅行などなどいろんな話題を日記を中心にのんびりアップしていきます(^・囚・^)
プロフィール

けん爺ちゃん

Author:けん爺ちゃん
~序段~          

徒然(つれずれ)
なるままに、日暮らし
電脳箱に向かひて、心に移りゆく
よしなし事を、そこはかとなく
動画にす。

~  ~

初めまして!
熊本にて細々と
生息中のけん爺ちゃんです。

日々の階段から
見える景色を、徒然に書き記して
いこうと思ってます。

AB型の影響なのか、
たま~に歴史マニアな記事に
なっちゃったり、更新のペースが
約10日ごとになるなど、クセが
あるブログですが…

貴方のお気に召したら幸いです
m(_ _)m

コメント大歓迎です☆★
名前とコメントだけで出来ますよ
(^△^)



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おきなわーるど ~25時間で駆け抜けろ!~ 2011 前編
えー、どうも。けん爺ちゃんです。  m(_  _)m
いよいよ今回から沖縄の話です。

沖縄に関しては
歴史マニアとして書き始めたらキリがない
歴史話や思いがありすぎて、特に沖縄戦のウラ話を
書いていたのですが、収集がつかなくなったのでほとんど消してしまいました  m(_  _)m

なので、単なる
旅行記としてサラッと読んで下さい。 
途中、マニアな感想がありますけど許してやって下さい  m(_  _)m

それでは、どうぞ。


2011年 3月5日 (土) 3:05

   (゜д゜) 『うーん、頼もしい…
          これはお買い得だったのでは…』

SN3O2448_20120501054612.jpg SN3O2451_20120501054609.jpg SN3O2450.jpg
SN3O2449_20120501054611.jpg
真夜中、新しい
アイテムを手にして1人つぶやく男…。

ケータイで写真を
撮った時の電池切れ対策にと、
けっこうゴッツイ充電器を購入した。
旅行先で、いつも電池切れスレスレのヒヤヒヤ撮影だったからのぅ…。

沖縄5-1

沖縄2-1 沖縄3  
そう、この日は
とうとう沖縄に旅行に行く日。
ついに、念願の沖縄に行けるのか…!

SN3O1429.jpg SN3O1428.jpg SN3O1445-1.jpg
SN3O2152.jpg SN3O2157.jpg SN3O2146.jpg
SN3O2159.jpg
数ヶ月前から
打ち合わせらしき事も重ねてきた。
今回も相方のC男にホテルの予約やレンタカーの
手配やら全てをまかせてしまうという、毎回の構図が再び。

C男さん、毎回毎回ホントに感謝です m(_  _)m

SN3O2452.jpg SN3O2456_20120501060226.jpg
荷物の少なさにびっくり。
ホントにこれだけでいいのか…?
まぁ…大丈夫か!

何といっても今回は、
沖縄南部限定・滞在25時間の
超過密弾丸ツアーだから、ホテルで寝る時間などほとんどないハズw

SN3O2454.jpg
そうこうしているうちに
朝が来た。時間がないなら寝とけよw

さて、行くか…!

11:17

SN3O2457.jpg SN3O2458_20120501060748.jpg SN3O2459.jpg
SN3O2460.jpg
C男と合流後、
熊本空港へ。近くのエフエム
熊本空港駐車場に車を預け、シャトルバスで空港着。

SN3O2461-1.jpg SN3O2462_20120501062316.jpg SN3O2463_20120501062315.jpg
SN3O2464.jpg SN3O2465.jpg
航空会社カウンターで
手続き後、手荷物検査場、出発ゲートへ。
今回は荷物が少ないから、妙にラクチンやのぅ。

SN3O2474_20120502054236.jpg SN3O2470.jpg SN3O2469.jpg
SN3O2468_20120502054439.jpg SN3O2471.jpg SN3O2467_20120502054438.jpg
管制塔がよく見える
喫煙ルーム。C男、それ、もしかして…

            C男 『ついに買っちゃってね~
                   結構使い勝手えーばい』

SN3O2466.jpg SN3O2473.jpg SN3O2472.jpg
iPad やないすか。
あなたとあなたの大好きなものをつなぐ魔法の窓w
T・N も持ってたなぁ…。どうやらこれは初代 iPad らしい。通信速度もまぁまぁだとか。

アプリも色々なモノが
あって、なかなか充実しているようだ。
爺ちゃんもいつか欲しいのぅ…。これの中身には関わってるのにw
これの中身のせいで韓国行けだの残業しろだのなぁ…見てるとムカついてきたw

SN3O2476.jpg SN3O2477_20120502054237.jpg SN3O2478_20120502060134.jpg
SN3O2479_20120502060133.jpg SN3O2475_20120502060220.jpg SN3O2481_20120502055707.jpg
SN3O2482_20120502055706.jpg
乗り込む機種は
ボーイング社の737型機。
普通、丸いエンジンがこの機種は楕円形になっている。

レシプロエンジンが好きなので
ジェットエンジンは専門外だけど、恐らく
ちっこい機体にデカいエンジンを積んだので、離着陸の時
滑走路にこすらないように、強引に形状を楕円形にしたのでは…と思われ。

SN3O2484-1.jpg
大赤字の天草エアラインの
DASH8-100もいた。悪名高い?ボンバルディア社の
航空機で、天草エアラインが保有する航空機はこの1機のみだ。

高知での胴体着陸の
時のように、細かいトラブルがやたらと多く、機体に欠陥を抱えているとしか思えない。
天草エアラインのDASH8-100も、ここ熊本空港で車輪が全て出なくなるトラブルがあったのぅ…。
今はさすがに改善されてると思うけど。

chakuriku2.jpg
スカンジナビア航空のように、
「もはや顧客からの信頼を取り戻す事は出来ない」 と
運航を中止し、路線からこの航空機を引退させた会社もある。

天草エアラインの利用者数は
年々下降気味で、2010年度はとうとう過去最低の6万2357人。
純利益は1700万出てるけど、それは県の補助金3億5400万があったから。

機体の寿命もそろそろ尽きるハズ…
その前に会社の寿命が尽きるのかな…(;-人-)

12:42

SN3O2485_20120502064006.jpg SN3O2486_20120502064005.jpg 
SN3O2487.jpg 鹿児島上空3
離陸、南下して約10分後、
鹿児島が見えて来た。地図そのまんまの形に感動。

桜島の噴煙が北へ流れている。そういえば2ヶ月前の新燃岳
しんもえだけ) が噴火した時も、煙が北に流れて宮崎がえらい目にあってたなぁ。

熊本でも20年に1度ほど
阿蘇山からのヨナ (火山灰) が降るけど、
鹿児島の人はほぼ毎日なんだろーな…。そんな情景が実感出来る景色が広がっていた。

画面向かって
右が薩摩半島、左が大隈半島なり。

SN3O2488_20120502083016.jpg SN3O2489.jpg SN3O2490.jpg
SN3O2491_20120502083013.jpg
ちなみに、薩摩半島の先端に
あるキレイな形の山は、沖縄戦の時に
特攻機が目印にしたという開聞岳 (かいもんだけ) 。

111-20-2-1.jpg 101419002lsm190.jpg fig35civil.jpg
これから向かう沖縄は、
皆さんご存知の通り第2次大戦中に
一般人も巻き込んだ凄惨な地上戦が行われた島。 

kataru-1.jpg
“鉄の暴風” と
言われるほどの凄まじい
砲弾・爆弾が狭い島に叩き込まれ、戦没者は
米軍側が1万4009人に対し、日本側は22万6560人が犠牲になった。
(内訳は、沖縄県民14万9233人、他都道府県出身将兵7万7327人)

その他、韓国365人
英国82人、北朝鮮82人、台湾34人を含む、
24万1132人。(2011年6月23日現在) 県民の4人に1人が命を失った。

111-10-3-4.jpg colarado-bb45-3-29.jpg syashinnsyuu1.jpg 
島の周囲を米軍に  
取り囲まれ、圧倒的に不利な状況の中で沖縄軍民が
3ヶ月も戦い抜いた事は、米軍に衝撃を与え早期の戦争終結に影響を与えた。

その中でも、特に衝撃を
与えたのが空からの特別攻撃隊、いわゆる特攻だった…。
(特攻は海上、海中からも行われた)

-・-・-・-・-・-・-・-・-・ コラム① 沖縄を目指した特攻機 -・-・-・-・-・-・-・-・-

沖縄戦 (菊水1~10号作戦) だけで
海軍機は940機、陸軍機は887機が特攻を実施し、
海軍では2045名、陸軍では1022名が特攻により戦死した。

ここ鹿児島から沖縄までは
約650km、特攻機の機種や爆弾の重さにもよるけど、
特攻機の巡航速度は200~250km/hくらいなので、約2時間半~3時間の距離。

Untitled412.jpg
爆弾を抱えた
機体は重く、舵も不安定で燃費も悪く、当然スピードも出ない。
飛ぶのもやっとの、飛行時間数十時間の特攻パイロットには厳しい状況だった。
(ベテランは本土決戦用に温存された)

img_137665_33684797_2.jpg 35212.jpg e156dj.jpg 
戦記や記録によると、
沖縄に向かう特攻機は、まずエンジン故障や
オイル漏れ、燃料吸い込み不良などの機体の不具合に悩まされた。
既に戦争末期、学生によって大量に製造された航空機は、品質が低下していたのだ。

200911110400-00.png
次に、天候不良。
悪天候のなか (特に沖縄戦後半は梅雨入り) 機位を見失い、
進もうにも引き返そうにも現在位置が分からず、未帰還になる機が続出した。

air_corsair17-1.jpg
そして、敵機。
徳之島、喜界島あたりで米軍戦闘機の編隊が
高々度 (8000m) 、中高度 (6000m) 、低高度 (3000m) の
3段備えで特攻機を待ち構え、エモノを見つけた鷲のように襲い掛かってくる。

100-a-1280-1.jpg F6F-3-Hellcat-Color-02.jpg 19675-1.jpg
速度も600km/h以上は
当たり前の米軍戦闘機、かたや鈍重になった
機体に直線飛行しか知らないような、ひよこのパイロット。

大勢の大人が
よちよち歩きの子供を追い回すようなもの。
これでどうやって敵の攻撃をかわせるというのか…この時点でほとんどの特攻機が撃墜された。

F6F-5.jpg vought-f4u-corsair-fighter-14-1.jpg 000099132.jpg
000105305.jpg 000105972.jpg b6d6df0947c6113341fcab65501f1ce6.png
そして、運よく敵艦船を
発見出来たとしても、今度は艦船の上空を守っている
直衛戦闘機が襲いかかり、艦船からはVT信管電波式近接信管) 付きの対空砲火が。

article107.jpg VT-01.jpg article105.jpg 
P9292253.jpg 
VT信管とは、
対空砲弾に超小型レーダーを組み込み、
目標物から外れても一定の範囲内に目標物などが入れば起爆する信管の事。

米海軍の弾頭信管に
採用され、命中率が飛躍的に向上した。

日本ではレーダーの開発が
後手にまわり、技術力も基礎工業力もないため
大型で波長も長く、満足な性能のレーダーが開発出来なかった。
(波長が短いほど、レーダーの精度が良くなる)

USS_White_Plains_attack_by_Tokkotai_unit_25_10_1945_kk1a.jpg img_193787_910976_0.jpg 98_1.jpg
000124133.jpg
ましてや、砲弾の
衝撃 (重力の数万倍) に耐える
超小型のレーダーなど、夢のまた夢でしかなかった。
そんな恐るべき対空砲火が、雨あられと大量に特攻機に浴びせられたのだ。

D4Y3-10.jpg

Kamikaze_zero-1.jpg 000088755.jpg 700391.jpg 
St__Lo_First_Kamikaze_attack_sl1a.jpg
このような困難を乗り越えて
体当たりを達成した特攻機は、全体の僅か10%。
米軍将兵は、その自殺攻撃を理解不能として恐れたが、
特攻機のパイロットは家族や国を愛し、悩みもする普通の人間だった。

20070220183124.jpg t070_05.gif LSM-20Surigao5December1944-101402005.jpg
こんな証言も残っている。

   「…朝、駆逐艦プリングルに対し
      特攻機3機 (99艦爆) が水面スレスレで突撃して来たが、
       彼らは何を思ったのか、突然プリングルの周辺でスタント飛行を始めた」 

USS_Pringle_(DD-477).jpg 米駆逐艦プリングル。

   「距離を開いたり、縮めたり、
     宙返りや横転など様々なスタント飛行を行う特攻機に対し、
      プリングルの砲員たちは困惑した。パイロットは、昔の武士が
       死出の想い出にひとさし舞ったように、彼らもまた死の直前に際しそうしたのであろう」

(1945 (昭和20) 年4月16日、 
  米駆逐艦プリングル (USS Pringle DD-477) は
    このあと3機のうち1機の体当たりを受けて艦体が真っ二つになり、沈没した)
 

000132499-1.jpg 000136303-1.jpg 000146079-1.jpg
000148815-1.jpg
色々な想いを抱えて
この航路を飛んだであろう特攻機パイロット。
今、自分が同じ空域を平和に飛んでいる。67年前の
苦闘に思いを馳せた。沖縄戦で散った敵味方の戦没将兵へ、合掌。

-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・--・

SN3O2494_20120504111318.jpg 鹿児島上空6
鹿児島を通り過ぎ、
大隈海峡へ。航行中の船が小さく眼下に見える。
この付近で戦艦大和が撃沈されたのかと思うと、しみじみ見入ってしまう。

途中、雲がヘンに
盛り上がっている箇所が
あったけど、あれは何だったんだろう?

SN3O2497_20120504111525.jpg SN3O2495.jpg SN3O2496_20120504111526.jpg
実話、ここでコラム②として
戦艦大和を含む第2艦隊の話を書いてたけど、消しました。  m(;_  _)m
旅行記がまったく先に進まないので…。

大和については、
2010 GW 瀬戸内トラベリング 中編2 大和やないかー!
で書いているので、興味がある方はそちらを…。

けど、沖縄戦直前になって
職務を放棄して沖縄から逃げ出した沖縄県知事の
泉 守紀や伊場内政部長、県の高等官、西郷衛生課長、水産課長、
工業指導所長の安谷屋 正量、那覇市長の当間 重剛 、那覇市の国民学校長、
沖縄地方気象台の野口台長とM無線課長、また出張に名を借りて県外へ
逃亡した多数の県/市議会議員、医者、県職員や教師の話は
後から必ず書きます。

我が身可愛さに逃げ出しただけなら
まだしも、さらに同僚を死地に貶めるような
態度を取った輩もいるので、後世のために書き残しておくべきだと。
全ては責任感の問題だと思う。

SN3O2502.jpg SN3O2501_20120504112600.jpg SN3O2503.jpg 
途中、南西諸島の島々が
見えるけど、何という島なのかサッパリわからない。
種子島・屋久島ならわかるけど、雲の下に隠れていて通り過ぎたようだ。

すると、C男が便利なものを見せてくれた。

SN3O2500.jpg SN3O2505.jpg SN3O2507-1.jpg
iPad にはナビもあるんかw
この青点が現在地な訳ね…という事は
今さっき見えていた島は、徳之島だったのかな?

13:27

SN3O2509.jpg SN3O2510_20120504113337.jpg SN3O2512.jpg
SN3O2513.jpg SN3O2514_20120504113333.jpg SN3O2515.jpg
鹿児島上空から
40分後、色も形も違う
不思議な雲を見ていたら沖縄本島らしき大きな島が見えて来た。

SN3O2516.jpg SN3O2517_20120504113707.jpg SN3O2518.jpg
さっそくiPad の
ナビで確認したら、機はちょうど
沖縄北部の与那覇岳を通過しているようだ。

13:45

SN3O2519_20120504114208.jpg SN3O2520.jpg SN3O2521.jpg
Untitled1_20120506122821.jpg Untitled2.jpg Untitled4_20120506122818.jpg
Untitled6_20120506122817.jpg Untitled7_20120506122816.jpg Untitled8_20120506123755.jpg



Untitled9_20120506123754.jpg SN3O2522.jpg
沖縄南部にある那覇空港に到着。
上空から見える海が、すごくキレイでびっくりした。
でも沖縄の人曰く、南の石垣・宮古島や沖縄北部のほうがキレイなんだとか。

南に回りこむようにして
低空で空港に進入したのは、
嘉手納ラプコン (米軍管轄空域) を避けるのが目的かな?

嘉手納ラプコン5 嘉手納ラプコン3 
1972年 (昭和47年) に
日本に返還されたとはいえ、沖縄の空の
90%は、今でも米軍のモノだというのがよくわかる。

SN3O2523_20120504115257.jpg SN3O2526_20120504115256.jpg SN3O2527.jpg
SN3O2528_20120504115254.jpg SN3O2530_20120504115252.jpg SN3O2529_20120504115253.jpg
SN3O2531.jpg
タラップから
バスに乗り、到着ターミナルへ移動。
3月なのに沖縄はあったかいなぁ~。むしろ暑い。

SN3O2532_20120504115757.jpg SN3O2533_20120504115756.jpg SN3O2534_20120504115755.jpg
SN3O2535_20120504115754.jpg SN3O2536.jpg SN3O2537_20120504115901.jpg
SN3O2538_20120504115752.jpg
空港内に水槽が。
南国の雰囲気が出てていいねぇ~。

SN3O2540_20120504120346.jpg SN3O2542_20120504120345.jpg SN3O2543.jpg
SN3O2544.jpg SN3O2545_20120504120341.jpg SN3O2546.jpg
SN3O2547_20120504120454.jpg
空港を出ると、
日本レンタカーの社員さんがいるエリアがあり
予約した客の受付けをしていた。営業所に行くバスもあった。

SN3O2549.jpg SN3O2551.jpg SN3O2550_20120504120942.jpg



SN3O2552.jpg
空港でレンタカーを
渡すんじゃないんやねぇ…種子島や屋久島では
港で受け渡しだったけど、本来はこれが一般的なんかな。

14:13

SN3O2554-1.jpg SN3O2557.jpg SN3O2555.jpg
SN3O3408.jpg SN3O3405.jpg SN3O2558.jpg
日本レンタカーの
営業所に到着。木の上に建物が…
何じゃこりゃ!?レストランみたいやけど…

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SN3O3404.jpg SN3O3411.jpg
新鮮な沖縄食材を
ふんだんに使ったシーフードレストラン
ナハ・ハーバー・ダイナー…ディナーと思ったらダイナーだった。

SN3O2556.jpg SN3O2559-1.jpg SN3O2559.jpg
SN3O2560.jpg SN3O2562.jpg SN3O2561.jpg
SN3O2563.jpg
レンタカー登場。
これから沖縄を共にする頼もしい足だ。
運転は交代でする予定…では、行きますかっ!

SN3O2565.jpg SN3O2567-1.jpg SN3O2566.jpg
SN3O2564.jpg SN3O2571.jpg SN3O2568.jpg
SN3O2572.jpg SN3O2570.jpg SN3O2569.jpg
SN3O2573.jpg 
ナビがあるので
非常~に心強い。えーと、今は
小禄 (おろく) 半島におるんか。最初の目的地はこっちかな…

14:38

SN3O2574.jpg SN3O2575.jpg SN3O2577.jpg
SN3O2578.jpg SN3O2576-1.jpg SN3O2581.jpg
SN3O2579.jpg
豊見城 (とみぐすく) にある旧海軍司令部壕に到着。 
ここは、沖縄戦の時に海軍 (沖縄根拠地隊) の司令部があった壕だ。
陸軍 (第32軍) の司令部は、最初首里城の地下30mの壕に、後に摩文仁の壕へと移動した。

最初にここに行きたい!と
C男に強引に頼んで目的地に組み込んでもらった。

沖縄戦末期の
陸軍と海軍の確執についても
書きたいけど、いや書いてたけど、省略  m(;_  _)m

SN3O2583.jpg SN3O2582.jpg SN3O2585.jpg
SN3O2586.jpg
この人は、
沖縄根拠地隊司令官、
大田 実 少将おおた みのる。海兵41期
海軍における陸戦の権威者で、死の間際に有名なあの電文

   「沖縄県民斯 () ク戦ヘリ。
     県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」
              ※沖縄県民はこのように戦い抜いた。
                 県民に対し、後世、特別のご配慮を頂きたくお願いする。


を打電した人だ。

軍司令部が、玉砕
ぎょくさい。玉が砕け散るように潔く全滅する事) 前に
戦訓や戦況を打電する事はあっても、このような民間の功績について
打電するのは極めて異例だ。

何十通もの作戦緊急信や
回線の混雑、貴重な電池の消耗、
玉砕前の心理状態などを考えると、なおさら。

沖縄県民がいかに
奮闘したか、苦労したか、死ぬ前に
どうしても本土に伝えておきたかったのだろう。

SN3O2596.jpg
司令部壕内で手に入れた
旧日本海軍の軍艦旗を持つシェファード
少将 (第6海兵師団長) たち。大田司令官が自決前日に
書き込んだ 「昭和二十年六月十二日」 と、 「沖縄の日没」 という文字が見える。


なお、大田少将は
1945 (昭和20) 年6月13日午前1時に
壕内で自決し、6月15日に米軍がその遺体を撮影し、
結局そのまま7年間放置され、1952 (昭和27) 年3月4日にやっと遺骨が回収された。 

自決時のエピソードや
戦後苦労されたお子様方の話を次回に。

SN3O2591.jpg SN3O2592.jpg SN3O2593.jpg
SN3O2594.jpg SN3O2595.jpg SN3O2597.jpg
そして、後世の今、
沖縄に格別の配慮はあるだろうか。

日本中の負担を、
沖縄だけに押し付けてはいないだろうか?
泉下の大田少将は、今の沖縄の現状を見て、一体どう思われるだろうか…。

…ふとC男を見ると、
神妙に見入っている。後から曰く、
「沖縄に着いて最初に来る所じゃにゃーね」 といわれた。
バカンス気分がいっぺんに吹き飛んだそうだ。そりゃそーだろうねぇw 







…そんな沖縄旅行記ですが、
いきなり切り上げ。次回に続く。

SN3O2675.jpg SN3O2732.jpg SN3O2770.jpg
なるべく楽しい
旅行記にしたいと思っとります(;- -)
では、次回をお楽しみに…!








気が向いた時に 
ワンクリックして頂くと、爺ちゃんは長生き出来そうです。 m(_  _)m
   

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テーマ:沖縄旅行 - ジャンル:旅行


この記事に対するコメント
ついに沖縄編★
1年前かー結構経った気がするけどね!?

海軍司令部壕はマジやばかったね・・自決の跡が、、


次は KZついに登場ですか 弾丸ツアーどうなることやら 笑
【2012/05/09 19:35】 URL | C男 #- [ 編集]


>C男さん

お疲れでーす。
ホントやねぇ~たった1年前なのに、随分昔のような気が。

自決の跡、色々調べたら
どうも違うみたいで…まぁ人が亡くなった痕跡には変わりないけど。
空気が違ったね、あそこは。でも行っといて本当に良かった。色々考えさせられた。

K・Zは次の次…くらいに登場かな。
藤Kさんと(笑)
【2012/05/17 18:17】 URL | けん爺ちゃん #- [ 編集]


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まとめtyaiました【おきなわーるど ~25時間で駆け抜けろ!~ 前編】

えー、どうも。けん爺ちゃんです。m(__)mいよいよ今回から沖縄の話です。沖縄に関しては歴史マニアとして書き始めたらキリがない歴史話や思いがありすぎて、特に沖縄戦のウラ話を書いていたのですが、収集がつかなくなったのでほとんど消してしまいましたm(__)mなので... まとめwoネタ速neo【2012/05/05 09:47】


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