FC2ブログ
熊本発 けん爺ちゃんの徒然見聞録
熱帯魚やペット(犬猫)、韓国、飛行機、船、模型、半導体、歴史(日本/世界)、旅行などなどいろんな話題を日記を中心にのんびりアップしていきます(^・囚・^)
プロフィール

けん爺ちゃん

Author:けん爺ちゃん
~序段~          

徒然(つれずれ)
なるままに、日暮らし
電脳箱に向かひて、心に移りゆく
よしなし事を、そこはかとなく
動画にす。

~  ~

初めまして!
熊本にて細々と
生息中のけん爺ちゃんです。

日々の階段から
見える景色を、徒然に書き記して
いこうと思ってます。

AB型の影響なのか、
たま~に歴史マニアな記事に
なっちゃったり、更新のペースが
約10日ごとになるなど、クセが
あるブログですが…

貴方のお気に召したら幸いです
m(_ _)m

コメント大歓迎です☆★
名前とコメントだけで出来ますよ
(^△^)



カテゴリー



カレンダー

07 | 2018/08 | 09
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



最近の記事



最近のコメント



月別アーカイブ



最近のトラックバック



FC2カウンター



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010 GW 瀬戸内トラベリング 中編2 (2/2)
2010 GW 瀬戸内トラベリング 中編1 (1/2) からの続きです。
今回は、その…筆が滑りすぎたというか…
すんません!すんません!堪忍して下さい! m(;_  _)m
 


2010年 5月3日(日) 13:09 

TS3B1324.jpg TS3B1325.jpg TS3B1326.jpg
TS3B1327.jpg
いよいよ大和ミュージアムの中へ。
入館料500円。人が多いなぁ~こりゃ

↓2分くらいのプロモーションビデオデス 

※「高画質を視聴」 や、HQの 「高画質に切替え」 はヘンなリンクに飛ぶので無視して下さい。

決められた順路に沿って
歩いて行くと、さっそく現れたのが…

TS3B1328.jpg

TS3B1331.jpg
戦艦 大和 (やまと)
1/10模型。費用は2億1千万円掛かったそうだ。

当時 (1941年就役)、大和建造に掛かった費用は
1億4287万円。現在換算だと、約2604億762万円
ちなみに海上自衛隊の 「あたご」 級イージス艦は約1400億円なり。

     (゜Д゜) 『うおぉ~デけぇ~~!!』

               『こりゃぁ…すげえねぇ!』

TS3B1330.jpg TS3B1523.jpg TS3B1332.jpg
TS3B1334.jpg TS3B1342.jpg TS3B1341.jpg
TS3B1343.jpg TS3B1345.jpg TS3B1344.jpg
艦首水線下のバルバス・バウや、
(球状艦首。艦首に逆方向の波を発生させ艦首波を打ち消し、波の抵抗を減らす)
艦橋周辺の構造 (角型の特設機銃台など) が正確に再現されていて、見応え十分。
沖縄出撃時の最終兵装だなこりゃ…。

    『迫力あるね~!
        実際はどんな船だったんや?』

               (゜д゜) 『大和はね~…』

●大和データ
・大和型戦艦 1番艦
 (2番艦 「武蔵」 。3番艦 「信濃」 は途中で
   航空母艦に設計変更。4番艦 「紀伊」 は建造中止、解体)
 

・設計番号:A-140-F6   ・設計図:約30,000枚
・起工 (きこう。建造開始) :1937 (昭和12) 年11月4日
・進水 (船体建造がほぼ終了した艦船を、水上に浮かべること) :1940 (昭和15) 年8月8日
・竣工 (しゅんこう。建造終了) :1941 (昭和16) 年12月16日
・造船所:呉工廠 (こうしょう。兵器・弾薬などの軍需品を製造・修理した官営工場) 
 (武蔵 = 三菱重工業長崎造船所、信濃 = 横須賀海軍工廠、紀伊 = 呉海軍工廠) 
 

大和 艤装中
・排水量 (水上に浮かぶ船が押しのける水の量。船体の重量に等しい)
  基準排水量:64,000t   公試排水量:69,100t   満載排水量:72,809t
・全長:263.0m   ・水長線 (水に接する部分)(公試) :256.0m   ・垂線間長:244.0m
・最大幅:38.9m
・喫水線 (きっすいせん。水面に浮いている船体の水面と接する線)   ・喫水線幅:36.9m
  喫水 (公試) :10.40m   喫水 (満載) :10.86m   ・深さ:18.915m
・乾舷 (かんげん。満載喫水線から上甲板舷側までの高さ)
  前部 :10.000m   中央 :8.667m   後部 :6.400m
・リベット (鋼材を繋げる部材。鋲) 数:約6,150,000本
 (直径6~40mm各種。多用19、22mm)
・工数:999,035

超コンパクトな設計の戦艦で、
他国が作ったら優に9万トンクラスになったと思われ。
 (その結果、速力低下や運用の制限、建造費用の増加、被弾面積の拡大etc)

大和 公試中2
・主機 (エンジン) :艦本式オールギヤード蒸気タービン×4基
・主缶 (ボイラー。エンジンのタービンを回す高温・高圧の蒸気を発生させる缶)
  ロ式艦本式重油専燃缶 12,500馬力×12缶   蒸気圧:25kg/c㎡   蒸気温度:325℃
  横方向4列、縦方向3段
・馬力:最大166,120馬力   ・軸数 (スクリュー数) :4軸   ・回転数:228.6/分   
・水圧ポンプ:ターボ水圧ポンプ 5,000馬力×4基 (砲塔動力用。1砲塔に1基。予備1基)
・発電機:ディーゼル×4基 ターボ×4基 (225v、600kw×8 計4,800kw)
  最大所要電力量:3,068kw (夜間砲撃時)

大和 公試中1 
・速力:27.73ノット (過負荷全力時。= 51.26km/h)     ・燃料搭載量:6,300t
・航続距離:22,070km (16ノット時 = 29.63km/h)     ・燃費:3.503m/ℓ
・搭載機:零式3座水偵×6機   ・射出機:呉式2号5型×2基
・電探 (レーダー) :無し
 (後に2号1型 (対空用 波長1.5m 最大探知距離100km 昭和18年5月装備)×1基、
  2号2型 (対艦用 波長10cm 最大探知距離35km 精度良好 昭和19年6月装備)×2基、
  1号3型 (対空用 波長2m 最大探知距離100km 小型軽量 昭和18年10月装備)×2基)

・探照灯 (サーチライト) :96式150cm探照灯×8基   ・短艇 (多用途の小船) :16艇
・乗組員 (最終時) :3,332人 

46cm3連装砲塔2 46cm3連装砲塔3 46cm3連装砲塔1
・主砲:45口径 (こうけい。砲内径の倍数。46×45=20.7m) 46cm3連装砲塔×3基 9門
     ・砲員数:30名   ・砲塔/砲身重量:2,510t / 164.656t    ・砲身全長:21.30m     
     ・初速:780m/秒 (91式徹甲弾。時計回りに1回転/秒。零式通常弾は805m/秒)
     ・砲弾重量:1.46t   
      (91式徹甲弾、零式通常弾。3式焼霰弾は1.36t。1砲塔あたり砲塔内に180発、
        艦内弾庫に120発。艦内弾庫から砲弾1発分を砲尾まで揚げる時間:6秒)
   
     ・最大仰角 (ぎょうかく。水平面から上の角度) :+45度
     ・最大俯角 (ふかく。水平面から下の角度):-5度   ・砲塔旋回速度:3度/秒   
     ・仰俯速度:8度/秒   ・発射速度:1発/40秒   ・砲身寿命:200発
     ・砲弾搭載数 (最終時) :1,170発 (1門あたり 130発)
     ・最大射程:42026m (砲弾は高度11900mに到達し、1分38.6秒後に着弾)   
     ・仰角[度] | 射程[m] | 滞空時間[秒] 
       10 | 16834 | 26.05
       20 | 27917 | 49.21
       30 | 35826 | 70.27
       40 | 40699.94 | 89.42
       45 | 42026 | 98.6
       
     ・貫通力:射程30000mで、431mmの装甲を貫通  
     ・射距離[m] | 垂直貫通厚[mm]/水平貫通厚[mm] | 存速[m/秒] | 落角[度]
       0 | 864/--- | 780 | 0
       20000 | 566/167 | 522 | 16.31
       30000 | 431/231 | 475 | 31.21

・ライバルの米 (べい。アメリカの事) 戦艦、アイオワ級との比較
  (アイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシン  45,144t  33.0ノット)
    Mark7 50口径40.6cm砲   発射速度:2発/分   最大射程:38720m
    砲身寿命:350発

     ・射距離[yd] (m) | その他同上
       0 | 829/--- | 762 | 0
       20000 (18288) | 509/ 99 | 530 | 14.9
       25000 (22860) | 441/131 | 497 | 21.1
       30000 (27432) | 380/169 | 478 | 28.25
       35000 (32004) | 329/215 | 474 | 36.0

     ・九八式発砲遅延装置
       3連装砲塔のうち、中砲 (真ん中の砲) は、自動的 (遅動リレーによる電気駆動) に
       左右の砲より0.3秒 (距離にして234m) 遅れて発射される。砲弾同士の衝撃波による
       弾道の乱れを防ぐのと、発射の衝撃を分散させる為の日本独自の装置。  

3年式15.5cm3連装砲塔2 3年式15.5cm3連装砲塔 3年式15.5cm3連装砲塔1 
・副砲:60口径3年式15.5cm3連装砲塔×4基 12門 (後に2基 6門)
     ・砲員数:24名   ・初速:920m/秒   ・弾丸重量:55.85kg   
     ・最大仰角:+55度   ・最大俯角:-10度   ・砲塔旋回速度:6度/秒  
     ・仰俯速度:10度/秒   ・発射速度:1発/12秒   ・砲身寿命:300発
     ・砲弾搭載数 (最終時) :1,620発 (1門あたり 270発)
     ・最大射程:27400m   ・最大射高 (上空到達距離) :12000m 
     ・貫通力:射程15000mで108mmの装甲を貫通   

89式12.7cm連装高角砲2 89式12.7cm連装高角砲1 89式12.7cm連装高角砲3
・高角砲 (こうかくほう。対空射撃用火砲) :40口径89式12.7cm連装高角砲
  A1型改3×6基 12門 (後に12基 24門)
     ・砲員数:12名   ・初速:720m/秒   ・弾丸重量:23kg   
     ・最大仰角:+90度  ・最大俯角:-8度  ・砲塔旋回速度:6度/秒 (人力時3度/秒)   
     ・仰俯速度:12度/秒 (人力時3度/秒)   ・発射速度:1発/4.25秒
     ・砲身寿命:1,000発   ・砲弾搭載数 (最終時) :13,500発 (1門あたり 562.5発)
     ・最大射程:14622m   ・最大射高:9439m      

96式25mm3連装機銃 96式25mm3連装機銃3 96式25mm3連装機銃2
・機銃:96式25mm3連装2型×8基 24門
(後に3連装×52基 = 156門、単装×6門、計162門)
     ・操作員数:9名   ・初速:900m/秒   ・弾丸重量:250g (装薬105~110g)   
     ・最大仰角 :+80度   ・最大俯角:-5度   ・機銃旋回速度:15度54分/秒
     ・仰俯速度:11度40分/秒   ・発射速度:220発/分 (最大260、最少200発/分)   
     ・銃身寿命:6000発 (公称。実質2万発)   ・銃身長:1.5m (60口径)
     ・銃身重量:43kg   ・銃架全重量:2.828t
     ・銃身施條数:12 (深さ0.25mm。施條長1.35m)
     ・機銃弾搭載数 (最終時) :1,500,000発 (1門あたり 9,259発)
     ・最大射程:7500m (仰角+50度)   ・最大射高:5500m
     ・有効射程:3000m (公称。実質1350m)  

93式13mm連装機銃 93式13mm連装機銃1
    93式13mm連装2型×2基 = 4門
     ・砲員数:4名   ・初速:800m/秒   ・弾丸重量:52g   
     ・最大仰角 :+80度   ・最大俯角:-10度   ・発射速度:450発/分
     ・砲弾搭載数:3,000発 (1門あたり 750発)   ・最大射程:6400m
     ・最大射高:4500m   ・有効射程:1000m

●その他
     ・世界最大の15m測距儀 (そくきょぎ。目標までの距離を測る装置)
       日本光学工業 (現 ニコン) 製作。これのために工場を増設して完成。
       価格は現在換算で5億円以上。

      048f9979cadd14bbf41b259770b25017.jpg
     ・煙突内部の蜂の巣甲鉄
       モリブデン入りニッケルクローム甲鉄製で、高角度落下弾の侵入を防ぐ。
       穴径180mm。穴面積 = 全体の55%以内。装甲厚380mm。 

      bb16923269abe1003e2b47b5a52f3fca.jpg de4229a89aae4bb51fb26820ec148ace.jpg 
     ・98式方位盤照準装置と98式射撃盤改1
       射撃精度を向上させる、弾道計算用アナログコンピューター(!)。
       入力データは敵艦と自艦の速度や方位、距離、方角、自艦の動揺角 (自艦の揺れを
       電気機械式自動計算機で判断して砲身角度と砲塔の旋回角を自動決定)
、戦闘海域の
       地球の自転速度、風向、風速、波浪、緯度、経度、気温、湿度、気圧、大気密度、砲弾の
       種類、装填される装薬の種類、装薬量、装薬温度、装薬貯蔵期間、砲身の使用回数
       何発射撃したかによる砲身の磨耗を考慮)
、照準装置と砲塔それぞれの高さと距離… 

       などなど、計26項目。  


               (゜Д゜) 『…ってゆー
                     すげぇ戦艦だったんよっ!!』  

    『そんなマニアな事どーでもえーわw』
 
興奮しすぎて失禁寸前の男と
写真ばっかり撮ってる相方にぶち切れ寸前の男は、
こうして館内をてくてく歩いていく。

TS3B1347.jpg TS3B1348.jpg TS3B1349.jpg 
TS3B1352.jpg TS3B1353.jpg TS3B1354.jpg
TS3B1426.jpg

TS3B1428.jpg TS3B1431.jpg TS3B1432.jpg
続いて隣にある展示室コーナーへ。
作戦電報などの資料や乗組員の遺書、
沈没に至った経緯などがパネルでわかりやすく展示してある。

TS3B1346.jpg TS3B1355.jpg TS3B1359.jpg
TS3B1360.jpg TS3B1361.jpg TS3B1363.jpg
当時は、大和のような
「戦艦」 が1番強いとする
大艦巨砲主義から、航空機優勢の時代になっていた。

真珠湾攻撃 2011120722203600f.jpg h64477-westvirginia.jpg
英最新型戦艦 プリンス・オブ・ウェールズ 132446535131413222189.jpg
皮肉にも、1941 (昭和16) 年
航空機のみで真珠湾に停泊中の米戦艦群を沈め、
翌日にマレー沖で戦闘航海中の、世界最強の英 (えい。イギリスの事) 戦艦2隻を
沈めた日本が、これまでの世界の常識を打ち破る画期的な戦術として、世界に証明したのに。

           『なぁ、飛行機で沈められたんやろ?
               積んどる大砲とかで機関銃で撃ち落せんかったんや?』

Yamato_under_air_attack.jpg

   (゜д゜) 『んー、難しかったみたいやねぇ…
         船がこう、舵を切って旋回するやろ?すると浮力と遠心力の関係で
          船がグーッと傾くんよ。そしたらせっかく合わせとった照準が外れたり、
           ヨコの旋回とタテの角度を別々の人が担当しとるけん、呼吸が合わんと
            ピッタリ狙えんのよ。
             この日は低い雲が多かったらしくてねぇ…
              狙う時間もあんまないけん、来た!と思ったら
               もう間に合わんとか、弾丸が当たってもアメリカの
                飛行機は防弾が凄いけん、落ちんかったらしいしねぇ』

           『へー』

TS3B1362.jpg

Yamato_and_destroyer.jpg Musashi_under_fire.jpg

    (゜д゜) 『ほら、大和の周りば船が 
          取り囲んどるやろ?この輪形陣っちゅーのが対空用の陣形ばってん
           戦いよるうちに沈没したり脱落したりで、あの円が崩れてくるんよ。そこを狙って…』

                         『爆弾ば?魚雷は…?どっから落とすとや?』

   (゜д゜) 『魚雷は、雷撃機っちゅー飛行機が
         水面ギリギリ、艦首の前の方ば狙って
          1,500mくらい手前でボチャンって落とすんよ。
           そしてシャーって魚雷が…水深5mくらいのところば潜ってドテッ腹に…ドーンと』

雷撃機 アベンジャー2 雷撃機 アベンジャー4 雷撃機 アベンジャー5
艦爆 ヘルダイバー2 艦爆 ヘルダイバー1-1 Yamato2.jpg

       (゜д゜) 『上から来るのが急降下爆撃機っちゅー飛行機で、
             上空からこんな感じで後ろから侵入してこう、ストーンと
              降りて来てここらへんから爆弾を投下すると、そのまま…』

Yamato_hit_by_bomb.jpg
身振り手振りでC男に解説。
細かく言うと射撃指揮装置や、最大・有効射程の違いや
セルフシーリング・タンクやら魚雷の深度調節やら緩降下爆撃やら
レイテの時と違って片舷集中、戦雷爆同時攻撃を受けた事などを、洗いざらい伝えたい。

あの時何が起こったのかを。
大和の乗組員がどんな状況で最後を遂げたのかを。

Battleship_Yamato_sinking.jpg
けど興味を持ってくれてるだけで
救われるので、そんな贅沢は言えず
かいつまんで話せる機会があるだけいいほうかなと思う。

大和の最後については、 
取りざたされる事が少ない第2艦隊各艦の最後も含めて
来年の2月頃に、ドキュメント形式で記事にする予定です。

TS3B1366.jpg TS3B1369.jpg TS3B1367.jpg
TS3B1371.jpg
有名な臼淵 (うすぶち) 大尉のセリフ。
まさしく大和乗組員の心情を代弁している内容だと思う。
犬死ではないと言い聞かせたかったのだろう。意味がある死なのだ、と。

臼淵大尉 臼淵大尉 大和後部副砲分隊長 戦死 享年21 (!) 
今の日本人が
1人でも多くこの言葉を聞いて、平和の尊さと
このような思いで戦い、そして死んでいった祖先がいたという事実を、覚えていて欲しい。
一部の為政者のために、前途洋々たる若者がこういう道を辿らざるを得なかったという無念さも。 

この言葉が載っている
吉田満氏の 「戦艦大和ノ最後」 は、名作だとは
思うけど駆逐艦 「初霜」 の短艇乗組員が助けを求める
漂流者の手首を斬っていったという、誤った記述が訂正されていないのが腑に落ちない。
戦争反対という主張には賛成だけど…。

TS3B1374.jpg

TS3B1377.jpg TS3B1375.jpg TS3B1376.jpg
P1330768.jpg 051665.jpg f0091252_23342223.jpg 
大和は1980 (昭和55) 年7月、
初めて沈没位置が特定され、1985 (昭和60) 年7月29日に
水中カメラでの撮影に成功。 

そして1999 (平成11) 年8月17日14時50分、
テレビ朝日の水中カメラが海底に眠る大和の詳細な撮影に成功した。




―・―・―・―・―・―・―・―・―・― コラム① 海底に眠るもの ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・

sub-i33-1.jpg
終戦から8年後の
1953 (昭和28) 年7月23日、
瀬戸内海・愛媛県松山沖の水深60mの
海底から、ある1隻の旧日本海軍潜水艦が引き上げられた。

― 伊号第33潜水艦。

伊33と同型艦の伊19潜水艦2
1944 (昭和1) 年月1日、訓練中に
浸水・沈没した悲劇の潜水艦だ。死者102人 (生存者2人)
この2年前にも事故で沈没し、引き揚げられて修理・訓練の最終日に起きた悲劇。

8a2a9c60.jpg
旧日本海軍の
潜水艦乗りは、3とその倍数がつく数字
不吉な数字として忌み嫌っており、縁起が良くないとされていた。  

この伊33は1942 (昭和17) 年月に竣工し、
そのヶ月後の月1日午前21分に沈没。水深は36m。死者33人。

そして、今回。
ここまで揃うと不気味なものを感じる。
戦局が悪化していた大戦末期の出来事なので、引き揚げる余裕もなく放置された。

091112-01-submarine-wreck_big.jpg
そして9年後、
とあるサルベージ会社が引き揚げを請け負った。
海底に横たわる潜水艦のハッチや、脱出装置、艦橋の
天井部分には、服が引っ掛かりして脱出に失敗した乗組員の遺骨があった。

sub-i33-2.jpg 伊33号潜水艦
のちに、水面浮揚に成功。
区画の一部に、海水が浸水していない箇所がある事がわかった。

― 前部兵員室。

事故直後、ここには
多数の乗組員がいたハズだ。
恐る恐るハッチを開けたサルベージ会社の社員の制止を振り切り、
特ダネを狙って艦内に飛び込んだ中国新聞今治支局長が見たものは…

― 生きたままであるかのような遺体。

唇は赤く、皮膚は湯上りのようなふやけた肌。
髪も爪もヒゲも伸びていた。そして、目が、表情が
もの凄い形相をしていて、全員が口を大きく開けていた。

酸素を全て吸い尽くし、
腐敗菌が活動を停止したために腐る事もなく
深い海底の低温の中で、乗組員は9年間も保存状態になっていたのだ。
13人もが。

1人は首を吊っていた。
呼吸の苦しさと絶望感に耐え切れなかったのだろう。

200707050002.jpg
その後、日立造船因島工場で
解体されたが、その際に元海軍技術士官だった名が
前部魚雷発射室で、ガス中毒により亡くなるという事故も発生している。





TS3B1390.jpg
…軍艦は沈没を防ぐために、
艦内を水密区画で厳重に区切ってある。 
戦闘時にダメージを受けた際、浮力を保持する
水密区画を少しでも確保しておかないと、艦が沈んでしまい生き残れなくなるからだ。

戦艦大和は
激しい攻撃を受けて爆発・沈没してしまったが、
海底のあの様子を見ると、艦体はある程度原型を保っている。
巨大な艦体の、1147ある水密区画の中には、今なお浸水していない箇所もあるだろう。

艦の沈没を防ぐため、
最後まで空間の確保に奮闘した乗組員もまた、
今なおその姿のまま眠っているかも知れないのだ…。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・



TS3B1379.jpg TS3B1380.jpg TS3B1381.jpg
TS3B1378.jpg TS3B1388.jpg TS3B1387.jpg
TS3B1391.jpg TS3B1392.jpg TS3B1393.jpg
展示スペースはまだまだ続く。
空母や潜水艦や重巡の模型、遺品が展示してある。
伊52乗組員の靴とかよく残ってたなぁ…。

前にネットで
撃沈時の米海軍ソナー録音を聞いた事があるけど、
魚雷命中後も回転し続けるスクリューが、徐々に止まりながら
沈んでいく様子が分かる生々しい録音に、何とも言えない気分になった。

巡潜乙型 伊29 ドイツ出港時 
同じくドイツに行った伊29も、
 (ドイツの最新型レーダーや、ジェット機・ロケット機の実物、または技術情報を手に入れるため)
最後はスクリューを回転させたまま
頭から突っ込んで沈没していったと、生還者の方が証言してたなぁ。

ドイツが実用化していた
音響追尾魚雷 (スクリュー音を探知して自動で舵を切り追尾する) や、
V1飛行爆弾 (目標に向かって自動で飛んでいく) 、フリッツX 誘導爆弾の
技術情報や実物が当時の日本に届いていたら、いったいどうなってたんかな?

TS3B1394.jpg TS3B1395.jpg TS3B1396.jpg
TS3B1452.jpg 桜花1
このような回天 (かいてん。人間が操縦して突っ込む魚雷。海の特攻の一種)
桜花 (おうか。人間が操縦して突っ込むロケット機。空の特攻の一種) のような特攻の悲劇は
少しは減っていたのかな。

ドイツのような技術力が
日本にもあれば、人間が操縦する必要はなかったのに…
けど技術力があっても、基礎工業力がなかったから駄目か。

そんな事を思いながら
C男と付かず離れず館内をてくてく歩いていた。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・― コラム② 壁 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・

職人2
現在とは比較にならないほど
貧乏で、職人気質が強かった当時の日本は、
精密加工技術の導入が遅れ、QC (Quality Control。品質管理) の概念が薄く、
製造は熟練工員の経験とカンに頼っていた

航空機工場1 Damage31-nagoya-assembly-plant-a.jpg
戦争後半、材料の質が低下する中
増産が叫ばれて忙しくなり (工員はヒロポンという覚せい剤を飲んで頑張っていた)
熟練工員が兵隊に取られシロウト工員だらけになると、このやり方は破綻した。

飛燕 設計図1 航空機工場
また、設計がいくら優秀でも
製造との格差があれば意味がない。

理想に走り、性能優先で
突っ走る傾向がある設計陣の責任もあった。
製品を安定的に、早く大量に作るという発想が足りず、作品ならともかく製品化は無理だったのだ。

そもそも、無理な要求を
押し通す軍が一番の原因であり…依頼主、設計、製造の間にあった、高く高い壁。

「物的不備は、精神力で補え」
「足らぬ足らぬは、工夫が足らぬ」

ナット各種 ボルト 被覆電線 
ナット・ボルトなどの
部品公差 (部品加工時の±幅)
会社・工場ごとに不統一でバラバラ、エンジンの油洩れは当たり前、
被覆電線などは紙で巻いて塗料を塗っただけなので、絶縁が悪くすぐ不良になる。

当時の日本は、
物作りの基本が育っていなかったのだ。

明治維新以来、
欧米に追いつけ追い越せと背伸びをした結果、
世界水準に達した一部の分野と、まったく駄目な分野の両極端になっていた。

ドイツから輸入した
魚雷艇用エンジンなどは、1ミクロン (1/1000ミリ) 単位の
部品精度が当たり前のように求められており、当時の日本は模倣すら出来なかった。
世界との間にあった、広く広い壁。

戦後、この反省を踏まえ
諸先輩方が多大な努力をしたからこそ、日本は今の姿になれたのだ…。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・


TS3B1382.jpg TS3B1385.jpg TS3B1386.jpg
TS3B1384.jpg TS3B1383.jpg
航空機の模型もあった。
彗星11型や紫電21型…この紫電改は
好きな戦闘機のひとつで、洗練されてない無骨な外形や自動空戦フラップ、
源田司令率いる343航空隊の、歴戦パイロットの活躍話や経歴などに惹かれてしまう。

紫電改 引き揚げ2 紫電改 引き揚げ 紫電改 
戦後の1979 (昭和54) 年7月14日に、  
四国・愛媛県沖の海中から引き揚げられた紫電改がある
紫電改展示館には、いつかぜひ見学に行きたい。パイロットは結局
あの6人のうち誰だったんだろう…目撃証言などから、歴戦の武藤少尉だと個人的には思う。 

呉の人には申し訳ないけど
当時、呉第11工廠製のエンジンは質が劣ったようで、
紫電改組立て工場では敬遠されていたようだ。長崎大村空技廠の
機体も出来が悪かったらしく、官営と民営の姿勢の差か何かがあるのかな。

TS3B1397.jpg TS3B1398.jpg TS3B1399.jpg
原爆に関する展示。
説明文がなかったけど、これは投下約1時間後のきのこ雲を  
15kmくらい離れたところから撮った写真だったと思う。きのこ雲の形がだいぶ崩れている。

TS3B1404.jpg TS3B1406.jpg TS3B1403-1.jpg
原爆投下機エノラ・ゲイ号の
行動を日本側から見た貴重な記録。見てる人がいたんだなぁ…。

急角度で旋回している
左の機がエノラ・ゲイ号。爆発に巻き込まれないためだ。
測定機器を積んだパラシュート3つを投下している右の機が、グレート・アーチスト号。

あともう1機いたハズだけど、
中野探照灯台の人たちからは見えなかったのかな? 




原爆に関して
興味がある人はこちらをどーぞ。→  原爆の真実 (全2話)
読みやすくドキュメント形式でまとめたつもりです。

TS3B1407.jpg TS3B1408.jpg TS3B1410.jpg
TS3B1409.jpg TS3B1412.jpg TS3B1411.jpg
呉の戦後の状況が
わかりやすく紹介してあるコーナー。
周辺の海は空襲で擱座・転覆した軍艦だらけだっただろうなぁ。

TS3B1413.jpg TS3B1414.jpg TS3B1416.jpg
TS3B1419.jpg TS3B1423.jpg TS3B1422.jpg
戦時中の軍艦建造技術が
戦後の造船業に転用されていった様子がわかる。
今このブログを見ている貴方にとって、タンカーとかどうでもいいのかもw

TS3B1418.jpg TS3B1415.jpg TS3B1417.jpg
TS3B1421.jpg TS3B1424.jpg TS3B1425.jpg
この日本史上最大のタンカー
日精丸とかになると、かなり萌えー

TS3B1430.jpg TS3B1435.jpg Japanese_Type_93_torpedo1.jpg
TS3B1498.jpg TS3B1500.jpg TS3B1501.jpg
TS3B1592.jpg
続いて、大型資料展示室へ。
魚雷や回天、零戦や海龍や各種砲弾が展示してある。 
まず最初にあるのが…

TS3B1442.jpg TS3B1436.jpg TS3B1444.jpg
93式酸素魚雷
日本だけが開発・実用化に成功した
世界初の酸素魚雷で、燃料酸化剤に純粋な酸素を使用していた。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・――・ コラム③ 長い槍 ―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
他国の魚雷は
内部タンクに圧縮搭載した空気を使用していたが、
空気の約80%を占める窒素 (水に溶けない) が排気として
水中に大量に放出されるので、気泡による雷跡が発生していた。

HailstoneTorpedo.jpg 魚雷 
よく映画で見る
「ボコボコボコ…」 と泡を引いて迫ってくるあれだ。
海面上に泡を出すので、特に昼間であれば遠くから発見しやすくなるし、回避動作も早く出来る。

空気の代わりに酸素を使えば、
排気は水素と二酸化炭素なので水に溶けやすく、雷跡は目視困難になる。
 (発見しにくい = 回避される可能性が低い = より命中しやすい)
また、無駄な気体がなく全てをエネルギーとして活用出来るので、航続力が大幅に伸びるメリットも。

800px-Type_95_torpedo2.jpg
他国でも、メリットが多い 
酸素魚雷を実用化しようと実際に試作品を作っていたが、
爆発事故が多発したので実用化を断念した。
日本の技術者は、様々な工夫をこらし始動時には空気を使用して、
その後徐々に酸素濃度を高くしていくと爆発が起きない事を発見したのだ。

魚雷発射管 Dunlap_torpedo.jpg  
これにより炸薬量が492kgと増大し (米のMk.15型 374kg)
速度は48ノット (88.896km/h) で20,000m、36ノット (66.672km/h) で40,000mと
航続力と共に飛躍的に向上し (米Mk.15型 45ノットで5,480m、33.5ノットで9,140m)
他国の追随を許さなかった。 

USS_Wasp_(CV-7)_burning_15_Sep_1942-2.jpg WASP_burns.jpg
1942 (昭和17) 年9月15日に、伊19潜水艦が
米航空母艦 「ワスプ」 に95式酸素魚雷6本を発射し、3本を命中させワスプを撃沈した。
そして外れた魚雷が5海里 (9.26km) の長距離を走り続け、偶然射線上に居合わせた
別の部隊の米戦艦 「ノースカロライナ」 と、米駆逐艦 「オブライエン」 に1本ずつ命中した。

オブライエンに命中
これにより 「ノースカロライナ」 は
左舷艦首部水線下に幅10m、高さ7mにも及ぶ大破口が開き中破。
「オブライエン」 は大破・曳航中に艦体が折れ沈没した。
アメリカ海軍は、「ノースカロライナ」 を攻撃したのはもう1隻の別の潜水艦だと考え、
戦後に伊19ただ1隻の仕業だったとわかると、魚雷のあまりの長射程に仰天し舌を巻いた。

信じられないほどの遠距離から
ほとんど無航跡のまま高速で迫ってくる、凄まじい爆発力を持った日本の魚雷。
「ロング・ランス (長い槍) 」 とアメリカ海軍を震え上がらせた、脅威の魚雷だったのだ…。

―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・


TS3B1445.jpg TS3B1449.jpg TS3B1450.jpg
TS3B1451.jpg TS3B1456.jpg
床にもある
説明書きを舐めるように
読んで撮って満足して、ふと後ろを振り向くと… 

TS3B1448.jpg TS3B1458.jpg TS3B1457.jpg
TS3B1459.jpg TS3B1460.jpg TS3B1453.jpg
TS3B1454.jpg TS3B1455.jpg TS3B1463.jpg
TS3B1469.jpg TS3B1499.jpg TS3B1468.jpg 
TS3B1466.jpg TS3B1473.jpg TS3B1502.jpg
零式艦上戦闘機 通称ゼロ戦 が。
 (艦上 = 航空母艦用戦闘機)
型によって6種類くらいに分かれていて、これは推力式単排気管や翼内の13mm機銃、
小型爆弾懸吊架 (けんちょうか。爆弾を吊るす取付け部) があったから52丙型と思ったけど、
説明文を見たら62型らしい。

床に置いてある爆弾は25番 (250kg)。
特攻で零戦に乗って逝った人たちは、大抵これを積んでいた。

零戦1 零戦 発艦寸前 零戦 発艦中3-1
飛行場を使用する陸上用と違って
艦上用の戦闘機は、空母の狭い飛行甲板上での運用が前提なので 
海上で波にもまれピッチング (縦) ・ローリング (傾斜) ・ヨーイング (左右) しまくる
飛行甲板に着艦出来るべく、手足の如く操れる繊細な操縦性能や、機体寸法の制限など
作るのに色々と制約がある。 

船の揺れ方に関しては
↓コレがわかりやすいと思われ。

TS3B1543.jpg TS3B1471.jpg TS3B1472.jpg
…色々と書きたいけど、
ふとここまでの記事を眺めると
とんでもなく長ったらしくなっているのに気付き、断念
ここからはパーっと流して次に行きます。

TS3B1485.jpg TS3B1490.jpg TS3B1487.jpg
TS3B1486.jpg TS3B1489.jpg TS3B1491.jpg
TS3B1492.jpg TS3B1494.jpg TS3B1495.jpg
飛行機に取り付けられていた
周辺機器と言うか、装備の類い。
上空に上がると寒いので、そのための電熱飛行手袋や
 (故障でスイッチが入りっぱなしになったり、
   使うと電圧が下がるので実際はあんまり使用しなかったらしい)

敵機を狙う照準器や、13mm機銃などなど。

TS3B1439.jpg

TS3B1440.jpg TS3B1462.jpg TS3B1470.jpg
特殊潜航艇 海龍 (かいりゅう)
小型の潜水艦だけど、通常の潜水艦と違って中央にある水中翼を
航空機用の操縦装置で動かし、まるで飛行機のように上昇・下降を行う画期的な構造。
 ・全長:17.28m   ・全幅:3.5m   ・乗員:2名   
 ・速力:6.5ノット (水上。12.038km/h)   9.8ノット (水中。18.1496km/h)
 ・水中航続距離:69.45km/5ノット時    ・水上航続距離:833.4km/3ノット時
 ・兵装:45cm魚雷発射管×2、もしくは頭部に炸薬600kg (体当たり用)

TS3B1482.jpg TS3B1474.jpg TS3B1496.jpg
TS3B1481.jpg TS3B1475.jpg TS3B1476.jpg
TS3B1480.jpg TS3B1478.jpg TS3B1479.jpg
TS3B1483.jpg
大和の91式徹甲弾や
重巡青葉の20cm主砲弾など。青葉の写真は戦中公表の有名な写真だけど
負け戦のサボ島沖海戦後なので、マストがへし折れて手前側 (右舷側) に倒れたりしている。
検閲官が見抜けなかったらしい。

TS3B1504.jpg TS3B1503.jpg TS3B1505.jpg
TS3B1507.jpg TS3B1508.jpg TS3B1509.jpg
TS3B1514.jpg TS3B1520.jpg TS3B1515.jpg
どんどん高所へ。

またもや模型の展示があり、
生存者がフィリピンの原住民に殺されて、約1600名中
10名しか生き残れなかった悲劇の戦艦 山城や、秋月型防空駆逐艦、高雄型重巡の模型が。

浅間丸みたいな客船もあったなぁ。

TS3B1516.jpg TS3B1518.jpg TS3B1519.jpg
ガダルカナル戦で
重巡 衣笠 (きぬがさ) がやられた時、米パイロットが帰りに他の重巡に低空で
近寄り、手を振って帰って行ったという視点を再現しました。あれは鈴谷 (すずや) だったかな?

これを読んで
ニヤッとした貴方は重症ですw 

重巡衣笠については、不思議な話がある。

kinugasa.jpg
この艦は
1942(昭和17)年11月14日に沈没した。

艦長の沢正雄大佐
海兵44期) は沈没時に戦死されているが、
彼が戦死5ヶ月前に呉に帰港した際に、再出撃前に自宅に帰った事があったそうだ。

奥さんは再出陣の
前途を祝して、祝い膳にタイの
尾頭付きを焼いた所、突然そのタイの頭がポトリと落ちたらしい。

kinugasa1.jpg
慌てて新しいタイを入手して
門出を祝ったそうだが、大佐の戦死後しばらくして
その事を知っていた知り合いの女性が、旦那さん (沢大佐と海兵同期生) に
こう漏らしたそうな。

   『…沢さんは、あの時の
      タイのようになったそうですね』

                  『お前、そんな事を
                     誰から聞いたのか。本当はその通りだが』

沢大佐は艦橋の窓から
首を出して対空戦闘を指揮していたが、
艦橋直前に命中した爆弾の破片で、首が一瞬で飛び戦死した。

00ok_kinugasa18.jpg 00ok_kinugasa02.jpg
…出港時にネズミが
逃げた艦があり、その艦はその後帰って来なかった…や、
奥さんが夜中にずぶ濡れの夫を見て、夫は同じ時間に遠い南方で
艦が撃沈されて、艦底で戦死していた…等の、海にまつわる不思議な話はたくさんあるそうで。

不思議やねぇ…。


TS3B1522.jpg TS3B1510.jpg TS3B1594_20101226155505.jpg
TS3B1512.jpg

TS3B1588.jpg

TS3B1591.jpg TS3B1590.jpg TS3B1593_20101226160537.jpg
いよいよ見納め。
さらば、大和!また会う日まで!

TS3B1529.jpg TS3B1525.jpg TS3B1549.jpg
TS3B1535.jpg TS3B1544.jpg TS3B1560.jpg
3階にある
船をつくる技術コーナーは、船のイロハから
わかりやすくイラストで展示してあり、読む時間はなかったので
とりあえず40枚ほど写真に撮りまくり、家でじっくり勉強させてもらった。とてもわかりやすいと思う。 

TS3B1595.jpg TS3B1596.jpg TS3B1598_20101226162812.jpg
TS3B1600.jpg
入り口に戻って来たので
お土産をしこたま買い、外に出る。実物大の大和ロケセットは
どうもなくなってるらしい隣の建物内に一部を展示してあるらしいので、さっそく見に行く。

TS3B1601_20101226163303.jpg
突き抜けてるw
大和の副砲。思い切った展示方法やなぁ。

TS3B1602.jpg TS3B1606.jpg TS3B1603.jpg
TS3B1604_20101226163634.jpg TS3B1610.jpg TS3B1605.jpg
TS3B1607.jpg TS3B1608_20101226163719.jpg TS3B1609.jpg
金属感がリアル…。
ラッパみたいなのは消炎器。
ここまでこだわるんなら、いっその事細部まで徹底的に再現すれば…ねぇ。

TS3B1615.jpg TS3B1616.jpg TS3B1619.jpg
TS3B1620.jpg TS3B1621.jpg TS3B1626.jpg
   1005しまなみ 021 

   (゜д゜) 『いちおー…撮っとくか。頼んますわ』              
                                         TS3B1617.jpg
                『ほいほい。そろそろ萩に向かわにゃんね』

15:43                           

TS3B1628_20101227021012.jpg TS3B1629.jpg TS3B1633_20101227021011.jpg
TS3B1635.jpg TS3B1638.jpg TS3B1640.jpg
TS3B1639.jpg
広島呉の有料道路から
中国道を目指す。メシはまだだし
ガソリンも少ないけど、途中のサービスエリアで済ませばいっか。

TS3B1641.jpg TS3B1642_20101227021700.jpg TS3B1643.jpg
TS3B1645.jpg TS3B1647.jpg TS3B1648.jpg
TS3B1649.jpg TS3B1651.jpg TS3B1653.jpg
TS3B1654.jpg
ホント、看板ばっかりの
とんでもない旅行記ですなw

TS3B1655.jpg TS3B1657.jpg TS3B1658.jpg

16:22

山陽道に合流。
車は思ったほど多くなく、スイスイ進む。
この分だと、予定通り夜7時には萩に着きそうだ。

TS3B1659.jpg TS3B1660.jpg TS3B1661_20101227022904.jpg
TS3B1665_20101227022948.jpg TS3B1663.jpg TS3B1664.jpg

16:30

沼田SAに到着。
とりあえずメシ食うか。広島らしいものが食いたいなぁ。

TS3B1666.jpg TS3B1667.jpg TS3B1669.jpg
TS3B1671.jpg TS3B1670_20101227023806.jpg
定番で。
広島で食べるお好み焼きは
何だかいつもと味が違う気がする…錯覚?w

TS3B1672.jpg TS3B1673.jpg TS3B1674.jpg
TS3B1676.jpg TS3B1678.jpg
TS3B1677.jpg
山陽道から
広島道を経て中国道へ。
そして、心配していた事が…

   (;゜Д゜) 『が、ガソリンが…
          とうとうランプがついたばい』

TS3B1680.jpg

                  『ついたか~次の
                      吉和SAまで何とか行けそうや??』

    (;゜д゜) 『とりあえず80km/hに落とすわ』

リザーブタンクは
10リットルはあると聞いた事が…
おぼろげな記憶だけが頼りの、綱渡り運転が続く。
は、早く、早く見えてこい…!

TS3B1681.jpg
あっ!着いたっ!
ギリギリセーフっ!!

ん?

TS3B1686.jpg TS3B1688.jpg TS3B1687.jpg
 。    。    スポポポポポポーン!!!
  。 。 。 。゚
  。 。゚。゜。゚。。
 / // / /
( Д ) Д)Д))  ハ、ハイシデスカー!?

地図でもナビでもしっかり営業中だったのに…
さすが情報が古いDVDナビ、たまらんアシストしてくれるわ。

   (;゜д゜) 『…とりあえず電話するか。
           あっ、緊急電話があっばい。あれで掛けてみっか』

TS3B1682.jpg TS3B1684.jpg TS3B1683.jpg

                    『はい、西日本高速道路
                        道路管制センターの○○です』

     (゜д゜) 『あっ、もしもし~、
            あの~、今吉和サービスエリアにいてガス欠寸前なんですけど、
             ここから山口方面に向かう先で1番近いガソリンスタンドはどこですか?』

専門家に聞くのが
1番手っ取り早いと電話。

中国道 スタンド間距離(2010年5月現在)2
最近はスタンドの閉鎖が相次ぎ、
吉和SAから山口方面に向かう場合、100kmくらい先の
美東SAにしかスタンドがないらしい…途中で間違いなくご臨終w
スタンドとスタンドの間の距離が147kmって…中国道スタンド減らしすぎやろ! 

TS3B1710.jpg 
仕方がないので
保険会社のロードサービスを呼ぶ事に。
C男はその間今夜の宿に電話して、到着が遅れる事を詫びていた。
萩までまだまだ時間掛かりそうやねぇ…何か高速降りたあと山道っぽいし。

18:15

TS3B1694.jpg TS3B1691.jpg TS3B1690.jpg
TS3B1693.jpg TS3B1689.jpg
ボケーッ…。

   (゜д゜) 『…なかなかうまくいかんねぇ』

                『旅はいろんな事が起こるねぇw
                    ごめんな。お前が呉市内でガソリン
                     入れたいってゆーた時に入れとけばよかったね』 

     (゜д゜) 『いや、俺も
           高速で入れればいーやて思ったけんが。
            まさか閉鎖されてるとはねぇ…びっくりよw
             時間あるけん、中に入ってお土産でも見てまわろうか』

旅は思いもよらない事の連続だ。
注意深く計画的にいけばなくせる事もあるけど
そんなガチガチに固めた無難な旅は、家族を持ってからでいいと思う。

TS3B1698.jpg
C男にはホントお世話になっている。
こんな時に 「あの時お前が…」 と過去を蒸し返して文句を言い出したり、
「次からはこーこーしようね」 と、気付いている事を念押しするかのよーに
わからせようといちいち言ってくるタイプの人間だったら、こんなふうに旅を共にする事はないだろう。

会社にそーゆータイプの人間がいるけど、
まともに相手してたら疲れるので、そんな時は流すようにしている。
こっちも指摘したい事が山ほどあるけど、それを言い出したらキリがないし
後味悪い結果が残るだけだから。

TS3B1696.jpg TS3B1697.jpg TS3B1699.jpg
TS3B1700_20101227054328.jpg TS3B1701_20101227054327.jpg TS3B1702.jpg
鹿の鼻クソや
もみじの葉っぱのから揚げや干し塩トマト、
尾道ラーメンにベリーだらけのジャムに梅干しに古代米と、印象に残るお土産が盛りだくさん。
吉和SA限定品が多いんやねぇ。

TS3B1703.jpg TS3B1705.jpg TS3B1706.jpg
TS3B1704.jpg TS3B1707.jpg
自分用に何か買おうかな…
けど大和ミュージアムで山のように自分用のお土産を買ってるから、予算がない。
このあと萩が残ってるというのにw

18:57

TS3B1711.jpg TS3B1712.jpg

    『すいませーん、お待たせしましたー』

                 (゜д゜) 『あぁいえいえ、お世話になります~』

ロードサービスの人が到着。
予定では今頃萩に到着していたハズなのに…
スタンド廃止の影響で、最近この手の依頼が多いそうだ。さもありなん。

TS3B1713.jpg
そして旅は再開した。

   (゜Д゜) 『よかったねぇ~!
         またひとつ乗り越えましたな!』

                       『やねぇ~。
                           ん?島根県っ!?』

    (゜Д゜) 『島根県!? あら…
          山口に向かいよるのに…島根ば通るんやね』

                  『こっちに深谷って書いてあったけど…
                      マジたいぎゃ谷ん深きゃーw 多分そのまんまの名前ばいw』

   (゜Д゜) 『そのまま名前につけたんやろねぇw
         俺らは今回深い谷を乗り越えたんよw』

TS3B1714_20101227060547.jpg TS3B1715.jpg TS3B1716.jpg
TS3B1717.jpg TS3B1718.jpg

19:51

写真ブレまくりw
山口ICで降りて、萩を目指して北上。
腹減った~

TS3B1719.jpg TS3B1721.jpg TS3B1723.jpg
TS3B1724.jpg TS3B1726.jpg TS3B1728_20101227064451.jpg
TS3B1730_20101227064724.jpg
ん!?
今 「ようこそ萩へ」 って
書いてなかったか!?萩に着いたんか??

TS3B1733.jpg TS3B1731.jpg TS3B1735.jpg
TS3B1732.jpg
どうやら
萩市内に着いたみたいだ。
古い町並みが見えて来たぞ~。

TS3B1736.jpg TS3B1737.jpg TS3B1738.jpg
ここらへんが
城下町なんかな…暗くてさっぱりわかりませんw
とりあえず観光は明日するので、宿に行こう。背中と腹がくっつきそうだ…。

TS3B1739_20101227065515.jpg TS3B1741_20101227065515.jpg TS3B1742.jpg
TS3B1745.jpg TS3B1743.jpg TS3B1746.jpg

21:06

今夜の宿、萩ユースホステル
無事到着。この時、2人は 「ユースホステル」 が
いかなる宿なのか、さっぱり?なままw とりあえずまともそうやねぇ。

TS3B1747.jpg TS3B1748.jpg TS3B1749.jpg

   C男 『すいませーん…。
          今夜予約していたC男と申しますが…』

                     『あ~はいはい。
                         無事にお着きになられたみたいですね』

TS3B1750.jpg

    C男 『遅くなってすいませんどーも…』

            (゜Д゜) 『カシャッ! カシャァッ!!

TS3B1751.jpg TS3B1752.jpg TS3B1754.jpg
TS3B1759.jpg TS3B1757.jpg TS3B1758_20101227071316.jpg 
食堂に案内される。
他の宿泊客はとっくに食事を終えていて、
おばちゃんがうちらのために残ってくれていた。すいませんねホント…

TS3B1755.jpg

   (゜д゜) 『今日も色々あったけど、
         さしより (熊本弁で “とりあえず” の意味) 乾杯~!!』

                 『運転お疲れっしたー!乾杯~!!』

肉が旨いっ!
ガツガツたいらげてしまった。

TS3B1760.jpg TS3B1761.jpg TS3B1762.jpg
TS3B1763.jpg TS3B1764.jpg TS3B1765.jpg
TS3B1766.jpg
さすが萩。
部屋の名前が歴史人物とは…
うちらの部屋は高杉の間。さっそく入ってみると…

!?

(;゜Д゜)
こ、これは…!?

えー、簡単に言うと
ユースホステルとは、相部屋の宿の事で
低料金となかなかの食事が魅力となっているようで…

TS3B1791.jpg TS3B1790.jpg TS3B1782.jpg
要はこんな部屋で
他の人が既に中にいる状態。
さっそくグースカと眠っている人も。

               (゜д゜) 『ヒソヒソ…おい…
                     お前知ってた?ユースホステルがこんなんって。
                      俺名前だけは聞いてて今初めて知ったけど、相部屋なんやねぇ』

       『ヒソヒソ…いや俺も知らんかったしw
           これはぁ…晩酌とか絶対無理やねぇ』

値段を考えると
 (1泊2食付4,750円。宿泊だけなら2,940円)
しゃーないしゃーない。寝れるだけマシやんか。
最初はびっくりしたけど、安くつくのであまり気にならない。

TS3B1767.jpg TS3B1769_20101227074744.jpg TS3B1770.jpg
とりあえず風呂に入り
静かなユースホステル内を散策する。
部屋の中はもっと静かなので、不完全燃焼の2人は戻るに戻れないw

かといって街に繰り出す元気もない。
外ではバイカーの宿泊客のうち3人ほどが道路上で口喧嘩していた。
声でか。酔ってるなありゃ…。

TS3B1771.jpg
ヒソヒソ…まぁ明日もあるし、寝ますか…おやすみ~
この1枚ほど、ヒヤヒヤしながら撮った写真はなかったw









…さて、次回は
いよいよ瀬戸内トラベリング最終回!

TS3B1986.jpg TS3B2176.jpg TS3B2327.jpg
TS3B2490.jpg
城下町・萩をまたもやチャリで駆け回り、
とある巨大洞窟の奥で、真っ暗闇の中ヘッドランプを光らせ駆け回る。

お楽しみに…!

2010 GW 瀬戸内トラベリング 後編のPV に続く。




P・S
過去最長の長さになってしまった…
今回はストライクな話題だったがゆえの暴走でした。
次回は内容をコンパクトにまとめるよう、心掛けたいと思いマス(;- -)









気が向いた時に
ワンクリックして頂くと、爺ちゃんは長生き出来そうです。 m(_  _)m


ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 動画紹介ブログへ にほんブログ村 歴史ブログへ にほんブログ村 地域生活(都道府県)ブログへ 
スポンサーサイト

テーマ:歴史雑学 - ジャンル:学問・文化・芸術


この記事に対するコメント

長編・・ やはり船となるとマニアック全開やね☆
戦艦大和が沈んでる場所がわかってるとは知らんかった


ガス欠て(笑
今思い出すと逆に思い出深いねえ 
スタンドのおっちゃんの写真までとってるし・・(広島弁ばりばりやったなあ)
【2010/12/28 18:04】 URL | C男 #- [ 編集]

こんばんは
はじめまして reopapaです。
先ほどはご訪問ありがとうございます。

超長編の旅行記、このまま本になりそうですね!
大和に纏わるさまざまな資料、すごいです。e-451
どうやって集められたのでしょうか!?

大和ミュージーアム 1度行って見たいとず~っと思っていました。
これを読ませていただくと、ちょっと行ったような感じになりますね。

熊本からの発信とか。 私も生まれは熊本です。31日から帰省の
予定です。

今後もよろしくお願いします。e-68


【2010/12/28 22:03】 URL | reopapa #- [ 編集]


ご来訪履歴から 伺いました。

ブログ 仲間の reopapa さん が 先客でした。

非常に中身の濃い ブログ  ならびに

情報収集, 記事掲載 の エネルギー と バイタリティ に 感嘆しています。

また いつでも お越しください。
  



【2010/12/28 23:33】 URL | キバシガラス #- [ 編集]


これ以上ないくらいの詳しい大和の記事でした。
細部まで目を通すのが楽しかったですよ。

最後の白淵大尉の言葉は胸に突き刺さりますね。
あれを21才の若者が言える所に,現代の若者との精神的な乖離がはっきりと見て取れます。敗戦で日本人が失ってしまったものは,あまりにも大きい。

また次の記事に期待してま~す。
【2010/12/30 14:05】 URL | インヤン #- [ 編集]


>C男さん

今回の旅で唯一
爺ちゃんがここだけは行こうと強硬に
主張した場所だったね。C男さん的には満足出来た場所だったかな??

まさかのガス欠よw
高速でそんな奴、なかなかおらんだろうしねぇw
おっちゃんの広島弁はあんまり記憶に残ってないけど、
わざわざ広島から来らしたんやろーか…ホントお世話になった人やったね。

昨年は色々とお世話になりました。
今年も沖縄をはじめお世話になりそうです。
こんな奴ですけど、2011年も宜しくお願いします m(_  _)m
【2011/01/02 07:40】 URL | けん爺ちゃん #- [ 編集]


>reopapaさん

初めまして!e-257
訪問して頂きありがとうございます m(_  _)m

大和の資料は、
所持している大和関連の複数の本と、ネットの情報をかき集めて
その中から確度甲と思われる情報をクロスチェックし、記載しています。
あくまで個人的な見解が含まれますので、参考程度で見て頂けると幸いです(;^^)

ありがとうございます。
写真だらけで、行く楽しみも半減する内容じゃないかなと
思いますけど…毎回こんな感じの掲載で、今後のあり方を模索しつつ
記事を書いていますe-351

熊本の方なんですね☆
reopapaさんのブログを訪問した時に、
古閑の滝の事が書いてあったので、そうかなと思いました。
新田原の航空祭は、6年ほど前に行った事があり当時の轟音と妙技を
思い出しながら、懐かしい思いで記事を拝見しました。

31日の帰省は大変だったでしょうe-351
ちょうど31日から極寒モードになり、引き篭もりを決め込んだ私が
住んでいる平野部でも、5~6センチは積もりました…。

新年早々寒波に見舞われましたが、
故郷で無事に過ごされますように…お帰りもお気をつけてe-351

また遊びに行きます。
今年からよろしくお願いします m(_  _)m

【2011/01/02 08:14】 URL | けん爺ちゃん #- [ 編集]


>キバシガラスさん

初めまして!
コメントして頂きありがとうございます。

過分な褒め言葉を頂き、恐縮です。
こんなブログ内容でいいのかなと時々迷う事があるので、
キバシガラスさんのコメントは、今後の励みになり本当にありがたいお言葉です。

キバシガラスさんのブログは
飛行機への愛着が溢れていて、すごく勉強になります。
また遊びに行きますので、今後ともよろしくお願いします。
【2011/01/02 08:25】 URL | けん爺ちゃん #- [ 編集]


>インヤンさん

細部まで目を通すマニアっぷりに感謝です。
多分ほとんどの人は素通りだと思っていたので(;^ ^)

当時の戦記を読んでいると、
第一線で活躍した指揮官の方々の若さにビックリします。
現在の我々より、国を憂う心と精神面は遥かに上ではないかと。

特攻に部下と共に指名された時に、
思わず 「えっ、私も行くんですかっ!?」 と言い
失笑を買った方や、エンジン不調と何回も引き返して来て
整備の方から軽蔑される例外の方も、何人かいらっしゃったようですが…。

美辞麗句に隠された
そんな現実の話を書きたいんですけど、
中々時間が…。回天で実際に戦った方の生々しい話は、近々書く予定です。
【2011/01/02 08:38】 URL | けん爺ちゃん #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://3kstyle.blog104.fc2.com/tb.php/180-a5289a62
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。